19世紀のイギリスで大流行した「喪の宝飾品(モーニングジュエリー)」。石しるべでは、ヴィクトリア女王が愛した漆黒のジェット(黒玉)が、なぜ喪服の装身具として選ばれたのかを紹介します。

ヴィクトリア女王の深い喪

1861年、ヴィクトリア女王は夫アルバート公を亡くし、残りの生涯にわたって喪に服したと伝えられます。当時の社会規範では、喪服には宝石を身につけないのが原則でしたが、唯一「黒」であれば認められる装身具として、漆黒のジェットが選ばれました。女王が身につけたことで、ジェットの装身具は瞬く間に大流行しました。

ジェットとは何か

ジェットは、流木などの樹木が長い年月をかけて地中で炭化してできた、軽くて漆黒の石です。イギリスのウィットビー産が特に有名で、先史時代から装身具に用いられてきた歴史を持ちます。軽くて加工しやすく、肌になじむ温かみを持つことも、喪の装身具として選ばれた理由の一つでした。

模造品の氾濫と真贋の見分け方

ジェットの人気が高まると、ガラスや樹脂で作られた模造品も数多く出回るようになりました。19世紀には、真贋を見分ける方法がさまざまに研究され、静電気の帯び方や、熱した針を近づけたときの匂いなどで判別する方法が知られていました。

石しるべで紹介している石

喪の宝飾品として愛されたジェットを紹介しています。

髪を編み込んだ装身具も

ヴィクトリア朝の喪の装身具には、ジェットだけでなく、亡くなった人の髪の毛を編み込んだブローチやペンダントも作られました。石と髪という異なる素材を組み合わせることで、故人を偲ぶ気持ちをより身近な形で表現していたのです。

楽しみ方

悲しみに寄り添う石として選ばれてきた歴史を知ると、漆黒の輝きにまた違った深みを感じられるかもしれません。

喪の期間ごとに定められた装いの規則

ヴィクトリア朝の喪の慣習には、亡くなってから1年間は光沢のない黒一色の服のみを着る「深い喪(ディープ・モーニング)」、その後半年ほどは光沢のある黒や、ごく控えめな装飾が許される「半喪(ハーフ・モーニング)」という段階があり、身につけられる宝飾品もこの段階に応じて厳格に定められていました。ジェットは、この規則の中でも比較的早い段階から着用が許される数少ない宝石でした。

髪を編み込む技法という繊細な手仕事

故人の髪を編み込んだ装身具づくりには、髪の毛を細く束ねて編む専門の技術が必要で、当時は「ヘアワーク」と呼ばれる専門の職人が存在しました。単なる遺品ではなく、精緻な工芸品として仕上げられたこれらの品は、今も骨董市場で愛好家に収集されています。

模造品との競争によるウィットビー産業の衰退

19世紀後半になると、フランス製のガラス製模造品「フレンチジェット」が安価に大量生産されるようになり、本物のジェットを扱うウィットビーの職人たちは激しい価格競争にさらされました。20世紀に入る頃には、本場ウィットビーのジェット産業は大きく縮小し、最盛期の賑わいは失われていったと伝えられています。

アルバート公の命日と喪の文化の広がり

ヴィクトリア女王がアルバート公の命日である12月14日を生涯にわたり特別な日として弔い続けたことは、当時の新聞でも大きく報じられ、女王個人の哀悼が、社会全体の喪の慣習の規範として定着していく一因になったといわれています。

喪服の生地とジェットの組み合わせ

ヴィクトリア朝の喪服には、光沢を抑えた「クレープ」と呼ばれる特殊な織りの生地が好んで使われ、この控えめな質感の生地と、艶やかに磨かれたジェットの対比が、当時の美意識にかなうものとされていました。

男性の喪の装身具

喪の宝飾品は女性のものというイメージが強いですが、男性も喪章や黒いカフスボタンなど、控えめな喪の装身具を身につける慣習がありました。ジェットのカフスボタンも、この時代の紳士の装いの一部として作られています。

現代のジュエリーに残るモーニングジュエリーの意匠

喪の宝飾品に由来する漆黒で控えめなデザインは、現代のジュエリーにも「シックで洗練された装い」として受け継がれ、黒い天然石を使ったアクセサリーの人気の一因になっています。

喪の宝飾品と現代の「メモリアルジュエリー」

故人を偲ぶために特別な装身具を作るという発想は、現代では遺骨や遺灰を加工して宝石状にする「メモリアルジュエリー」として形を変えて受け継がれています。素材や技術は変わっても、大切な人を偲ぶ気持ちを形にするという本質は、ヴィクトリア朝の時代から変わっていません。

博物館に残るヴィクトリア朝の喪の宝飾品

イギリスの複数の博物館には、ヴィクトリア朝時代の喪の宝飾品コレクションが保管されており、当時の社会規範や美意識を今に伝える貴重な資料として展示・研究されています。

喪の宝飾品に描かれた象徴的なモチーフ

ヴィクトリア朝の喪の宝飾品には、涙を象徴する滴の意匠や、永遠を象徴する蛇が自らの尾を咥える「ウロボロス」のモチーフがしばしば用いられ、悲しみと永遠の記憶を同時に表現する工夫が凝らされていました。

喪の宝飾品と写真の普及という時代の重なり

ヴィクトリア朝はちょうど写真技術が普及し始めた時代でもあり、遺影と喪の宝飾品を組み合わせて故人を偲ぶという新しい弔いの形が生まれました。ジェットのブローチに小さな肖像写真を収める意匠も残されています。

喪の宝飾品を巡る現代の骨董市場

ヴィクトリア朝の本物のジェット製品は、現在も骨董品市場で取引されており、模造品との違いを見極める専門知識を持つ鑑定士も存在します。歴史的価値と実用的な装身具としての価値、両方の観点から評価される稀有な分野です。

喪の色彩規範が持つ普遍性

黒を悲しみの色とする感覚は、ヨーロッパだけでなく多くの文化圏に共通して見られ、色彩と感情を結びつける人類共通の感性が、装身具の選び方にも表れていることがうかがえます。